まなの書評ブログ

本や映画のネタバレOKな方向け

角田光代「平凡」感想

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もし、あのとき〇〇していたら…

おそらく誰しもが一度は考えた事があるのではないでしょうか。
この本はそんな選択肢の後に存在するものをテーマにした6つの短編です。
6つに分けて感想を書いていきたいと思います。



平凡 (新潮文庫)

平凡 (新潮文庫)

  • 作者:角田 光代
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/26
  • メディア: 文庫




以下、ネタバレです。















「もうひとつ」
友人の不倫カップルこずえと栄一郎の希望で、「私」と夫の正俊、友人カップルの四人で旅行に行くことになるところから、物語は始まります。

この友人カップル、強引に四人での旅行を決行したにもかかわらず、旅行中喧嘩はたくさんするわ、結婚式ごっこに主人公夫婦を巻き込もうとするわではた迷惑な二人です。
そもそも二人とも他に相手がいるのに結婚式ごっこをしようなどと言う発想が幼稚すぎて思わず目を覆いたくなります。
ところが、友人カップルの片割れこずえにも同情できる余地はあり、現夫の野村が暴力は振るう、人前で暴れると言うとんでもないモラハラ男。
「今更あんな人を一人にできない」「やさしいところもある」とモラハラ被害女性にありがちな言葉を口にして別れようとしないこずえは見ていて痛々しくなります。
そんなこずえは言いだします。「もうひとつの人生がある」と信じてみたいと。
選ばれなかったもう一つの人生があることを、結婚式ごっこをすることで信じてみたいというのです。

正直な感想を言うと「なんて幼稚で馬鹿馬鹿しいんだろう」と思いました。
そんな理由で疑似結婚式を挙げるくらいなら現夫の野村と別れて、栄一郎にも別れてもらって、とっとと結婚してしまったほうがいいではないか。
でも、そういうことではない、とこずえは言うのです。
選ばれなかった人生のほうをただ見ていたいという気持ちは私には最後までよくわかりませんでした。

もちろん私だって「こういう人生もあったかもなぁ」と思うことがないわけではありません。
ですがそれはそれ、と割り切って今を生きることにしています。
あったかもしれない人生に未練たっぷりのこずえの気持ちは私には理解できそうもありませんでした。


「月が笑う」
この話は6つの短編の中で一番好きでした。
結婚六年を経過した主人公の泰春は、冬美に「離婚してほしい」と告げられます。
探偵を雇って調べたところ、どうやら冬美には不倫相手がいる様子。
離婚を渋っていたら次第に冬美はほとんど家に帰ってこなくなります。
不憫なことに泰春が冬美に何かしたわけではないのです。
セックスレスではあったし、デートや旅行をするわけではないが、穏やかな結婚生活だと泰春自身は思っていたのに、冬美にとってはそうじゃなかったみたいです。

冬美も家に帰ってこず、絶対に離婚してやらないぞと決めていた泰春はあるときおしゃべりな女性タクシー運転手と出会います。
運転手はベラベラと自分の過去のことを話します。
自分は昔小さな男の子をはねたことはあるが、その男の子が警察に「逮捕しなくていい」と言ったから無事逮捕されることもなく、私の人生は救われたというのです。
泰春はその話に既視感を覚えます。
自分が昔同じように車にはねられたとき、警察から「あなたをはねた女性を許す?許さない?」と質問されたと言うのです。
幼かった泰春は即座に「許す」と言います。
ここが私の好きなところです。
私の好きだった文を引用します。

許さないと言うことはこわかった。なぜかわからない、そのときの泰春に言葉にはできなかったけれど、でも、だれかを許さないと決めることはひどくおそろしかった。許さないと言ってしまえばずっと許さないことになる、そのだれかもまた、ずっと許されないことになる、そんな重苦しいものを背負って自分もだれかも生きていくことになる、そんなのはいやだ

これを読んだ時「そうか!人を許そうと決めるときは無意識にこういうことを考えているのだな!」と何かがストンと胸の中に落ちた気がしました。
なんだかすごくスッキリしたのです。

最終的に泰春は冬美を許し、離婚届けにサインすることを決めます。
それでいいのだ、と。
読後感がとてもさわやかで心に残る短編でした。
私も今後「どうしても許せない」と言うことが起きたらこの話を思い出して許そう、と思いました。


「こともなし」
別れた恋人が別れたのちに不幸になっていてほしいか、幸福になっていてほしいか――
こんな一文からこの話は始まります。
私の答えは「どうでもいい」です。
別れた男の人生など、どうでもいいしもう他人なのだから気にすることはないと思うのです。
薄情な話ですが、私は別れた男の名前まで忘れてしまうほど、無関係になった男がどうでもよくなってしまうので、まぁいい言い方をすれば今を一番大事にしているのですが――でもそれはそれでちょっと薄情ですよね。自覚はしています。

主人公の聡子は毎日作った料理の写真などを載せてせっせとブログを更新しています。
そのあまりの必死さに友人のまるみからは、別れた男と浮気相手だったそいつらに見せたいと思って更新してるの?と言われてしまいます。
確かにそう思ってしまうほど、聡子の中にうずまくどす黒い恨みつらみがすさまじくえがかれているのです。
もう結婚して子供もいるにもかかわらず、年々「私を裏切ったあの男が不幸になっていればいいのに」と思っているのです。
私にはさっぱり理解できない感覚です。

でも、聡子の周りにいる女性たちがなかなかいいキャラをしているのです。
まるみは私と似たタイプで、別れた瞬間は激しく呪うけど、結果的にどうでもよくなるタイプ。
同僚の紀実は長年の付き合いの不倫相手と別れるのですが、聡子に「五年後、十年後、あのとき別れてよかったってきっと思うという結論に至ったんだ?」と聞かれますが、紀実はそれを否定します。

「ううん。そんなこと考えないところにいたいって思ったんス。どっちがどうだったかなんて思わなくてすむような、もし、なんて考えなくていいようなところにいたいって、すげえマジに思ったんス」

私はこの考え方も好きです。
もし、なんて存在しないのだから、そんな「もし」を考えなくていいという境地に至れたら最高ですよね。
聡子もそんなふうになれたらいいな、と希望を抱きながらこの物語は終わります。
紀実の言葉はすごく心に残りました。


「いつかの一歩」
主人公の徹平は、別れた女性に未練たらたらで、その女性が経営する居酒屋にとうとう足を運んでしまいます。
この時点で私の頭の中は「?」でした。
やっぱり別れた恋人に固執する考えがよくわからないのです。
徹平のやってることは別れた恋人にストーキング行為をしているのとほとんど変わらないのでは…とうすら寒くなりました。
その元恋人みのりと別れたあと結婚したそよ子にも別れを告げられ、こういう男が相手だったら別れたくもなるだろうな…と私は読んでいて思うほど性格に難があります。
つまり、この主人公は好きになれませんでした。

みのりの居酒屋で、徹平と一緒に飲みに行っていた牧乃に、ぽつりぽつりと語り始めます。
徹平と別れて、別の人と付き合って、その相手が料理上手で対抗心から料理を勉強して、こうして店を出して…


「だからね、ひとつひとつつながるのよ。おもしろいよね。あなたに結婚してもらえなくて、何かやろうって決意して、次の人に料理けなされて、よしやってやるってなって、って、つまり続いていくわけよね。ひとつなければ、次のひとつもなくて、そうしたら、またぜんぜんべつのところにいってるんだなあーって、しみじみ思うのよね」

ああ、そうそれ!
と私はこの一文を読んだ時に思いました。
たった一つの選択肢が人生を決めているのではなくて、その次、そのまた次の選択肢は続いていてそれこそが自分が歩んでいる人生なんだ、と。
私の言いたいことを代弁してもらった気分でした。
私はこの一言で、この話の中では女店主のみのりが一番好きになりました。
この話も読後感がスッキリしてて私は好きです。


「平凡」
高校時代の友人春花は有名な料理研究家になってテレビにも出ている一方、主人公の紀美子はごく平凡な人生を送っていて、そんな紀美子と春花が再会することになる話です。
話を読み進めているうちに春花は紀美子に会いたかったわけではなく、新聞で元恋人と同姓同名の人が紀美子の住む町の近くで亡くなったから、本人かどうか確かめるために来たと言うのです。

有名人の春花と再会することで平凡な自分の人生を彩ることができるのではないか、などと単純なことを考える紀美子も、自分の好奇心を満たすために友人を利用する春花も、どちらも好きになれませんでした。

最終的に春花は「別れた恋人には平凡でいてほしいと願う」と考えているのですが、それも私にはよく理解できず…何せ別れた人間はどうでもいいもので…。
あまり感情移入できない話でした。


「どこかべつのところで」
行方不明になってしまった猫のぴょん吉を探し、「あのとき窓を開け放していなければ」と後悔している主人公の庭子。
彼女の元に「張り紙(猫さがしていますの張り紙を町中にしたらしい)を見て、その猫ちゃんをみつけたんですけど」と言う連絡がきます。
電話をくれた女性は依田と言い、結果みつけた場所にぴょん吉がいなかったことが哀れに思ったのか、庭子を家に招待します。
庭子の話を聞いているうちに、依田も庭子に自分の過去を話し始めます。
「うちは猫じゃなくて息子なんだけどね」と。

会社に行くのに急いでいてご飯はいらないと言った息子に、「おにぎりだけでも作るから待ってなさい」と五、六分待たせて、息子は出発したあと乗ったバスに乗って、事故死してしまいます。
「私があのときおにぎりなんて持たせなければ」と後悔する依田に、庭子も「私も窓を開けていなければ」と後悔して、ずっと二人の後悔している話が続きます。

後悔、というのは誰しもするのではないでしょうか。
私だって後悔することはあります。
起きてしまったことはしょうがないと思う傍ら、「やっぱりこうしとけばよかったかな」と思うことも人並みにあります。
私は父も母も亡くしているのですが、二人に花嫁姿を見せてあげられませんでした。
「私がもっと早く結婚していたら」と後悔することも多々あります。
ですが、考えても仕方ないのです。もう取り返せないのだから。
でも、どんな人生を選んでも、きっとこういうことは思うのです。
作中の依田の言葉を借りるなら、「だって、生きているから」――生きるとはそういうことなんだと思います。







まとめに入りたいと思います。
どの人生を選んでても苦しいことや楽しいことはあって、その割合はもしかしたら違うのかもしれないけど、それでも今選び取ったこの人生は私のもので他の人に譲る気もなければ、過去に戻りたいと思うこともありません。
だって、生きているから。
これが私の人生だから。

私は選び取ってきた自分の人生が好きです。